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「アレンジ曲」は「アレンジ」が命!!

吹奏楽の世界で「アレンジ曲」と云った場合、オーケストラで作曲された、いわゆるクラシックの名曲を、吹奏楽のために編曲したものを云うんだ
さすがに弦を主力にした、モーツァルト、ベートーヴェンといった古典派の作品は見られず、管楽器が煌めく、近代・現代の作品が中心になっているね。
ベルリオーズ、ワーグナー、ドビュッシー、ラヴェル、イベール、ファリャ、コープランド、R.シュトラウス、ホルスト、プロコフィエフ、レスピーギ、バルトーク、コダーイ、リムスキー=コルサコフ……、思いつくままでこんなところかな(失礼!)

普通の音楽好きの方
「そもそも何でオーケストラ作品を、わざわざ吹奏楽でやるのん


「そら、もともと曲がエエやしやんか

先程の方
「それやったら、吹奏楽族のオーケストラに対する、単なる羨望ちゅうもんやんか。」


「いやいや、それもあるけど、その憧れのオーケストラ作品に触れてその素晴らしさを体験することは、教育的に云うても悪くないで

もう一度、先程の方
「そやけど、その疑似体験の仕方が間違ごうとったら、そりゃエライコッチャやで(ものすごくするどいツッコミ!)」


「例えばどんなこと

するどい先程の方
「センセなに云うてんのん、頭から問題ありやんか。あの種々雑多のアレンジ・編曲、どない思たはんのん

僕(胸の内で)
「マイリマシタ

指揮者の秋山和慶先生(僕の『飛鳥』の初レコーディングで東京佼成W.O.を指揮して頂いた先生)と、このアレンジものの話をさせて頂いた折、先生はさりげなく「アレンジ次第やなぁ。」と云わはった。

云われてみれば、そうや、その通り。このお言葉、重たいわ
オーケストラのスコアをそのまんま、適当にパートに割り振っただけ、
そんなんよう見ます。
そんなんはアレンジちゃうで。
そんなんはトランスクリプション(移し替え)と云いますねん。
そんなんが5万円も6万円もして、横行しとるんやさかい(ご注意

編曲は、オーケストラのために作曲されたという、もともとの意識をしっかり持った、オーケストラの響きの再現を目指すわけやから、楽器の組み合わせには、最大の工夫がされていないとね
特に、弦楽器部の処理やろうな。ヴァイオリンをそのままクラリネットへ移すなんて、クラリネット・イジメやんか。弦のトレモロ、どないすんねん。ピチカート、何でやろか。

そやけど、難解なパズルを解くような、知的スリルを味わいながらのアレンジも結構楽しいのですよ。そんな味わいのある、ゲイジュツ的なアレンジ曲を、探してみようよ

そうだ、アレンジャーになったつもりで、君もオーケストラのスコアを読んでみない?
何か歴史的作曲家と対話してるみたいになるよ。

「アレンジもの」の話はまだ続くよ。ではまた次回。

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【ウィンズスコア編集部より】
下のコメント欄(comments)にて、櫛田先生へのメッセージ・質問等を受け付けております。後日まとめて、先生にお返事していただきますので、疑問や悩みをぶつけて下さい!


コメント
先生こんにちは。
確かに、編曲に対する姿勢、編曲とはどうあるべきかは今後吹奏楽関係者にとって最大の課題となるべきだと思います。やはり人によって違うものですね…鈴木英史氏の様に現場のニーズに重点を置いた編曲もあれば、田村文生氏の様な「創作編曲」とも呼べる「もしもこの曲が吹奏楽曲なら」という様な編曲もありますね。
僕は両者共に一つの作品としては非常に練られたものだと思いますが、「編曲作品」としてはどうなのでしょうか。
今後も編曲について、更に深く考えられていくと良いですね。
  • 2010/08/24 6:29 PM
吹奏楽アレンジされたオーケストラ作品を聞く度に思うことは、弦がないのでどこか物足りない…。そして、深みが足りない…ということ。この両方を満たしたアレンジってご存知でしょうか?
あと、なぜ吹奏楽のアンレジで、モーツァルトや、ベートーヴェン、ハイドン、ブラームスなどのアレンジ物があまりないのでしょうか?クラシックファンは、これらが大好物なのですが、吹奏楽ファンには需要ないのでしょうか…?
個人的には、オーケストラ作品をスケッチに直して、オリジナルのオーケストレーションから完全に離れて、自由にアレンジしたほうが新しい曲の魅力が引き出されると思うのですが…。
  • オダマキ
  • 2010/09/01 8:33 PM
この間はお返事ありがとうございます。
僕のバンドは中央地区で銀賞を受賞し、夏は終わったことになります。
やっぱり、悔しいといえば、悔しいですが、楽しかったなというのが今の心境です。でもやっぱりもう同じメンバーでコンクールの曲を吹くことができないというのは悲しいなと思いますが・・・。

そして、先生の記事を読むと、なるほどと思わされることが多々あります。
まずは、金賞は目的ではなく目標であるということ、曲を吹く前にその曲のイメージを自分なりに調べ、考えイメージを持つということです。

微力ながら、1年間バンドの部長として、バンドを動かすことができるという立場に立ちました。こうした方がよかったと思うようなことも一杯経験し、何かを後輩たちや同じ学年の人たちに伝えることができたのかと思うことも時々あります。
でも、50人近くの部員と知り合うことができ、ともにひとつの音楽を作り上げることの素晴らしさであったり、なにかひとつのものに熱中できたという経験はかけがえのないものになるんだなということを思っています。
きっと、そんなことを考えられるようになっただけ成長できたのでしょう。

吹奏楽というものに触れられたことで、そのような体験ができたんだと思います。
また、櫛田先生のような有名な先生とも意見を交流する機会が持てたということも感謝しなければと思います。

来週の金曜日(10日)に全校の前で演奏をし、僕たち三年生は引退となります。3年間の集大成として、聞いている人と一体となるような演奏、後輩たちに何かを感じ取ってもらうような演奏、一年間何もできなかった部長として最後にそんな仕事ができればと思っています。

何を言いたいのかさっぱりわからない、とても長い文となってしまい失礼しました。
  • W.O.T
  • 2010/09/01 11:21 PM
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