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吹奏楽の市民化に一生を捧げられた指揮者・永野慶作 先生

 このブログで、このようなかたちで思い出を語るのは、昨年の洛南高校の宮本輝紀先生に次いで、二度目になります。まだ、1年にもなりません。なぜこんな淋しいことが、次々とやって来るのでしょうか。
 永野慶作先生に、2011年の年賀状をお送りしました。ウサギ年ですから、シャッフル・リズムに乗った、ファンキーっぽいブルースを書いて、得意げに……。頂いたお返事は、ご家族からのものでした。
「父、永野慶作は、去る12月29日、83歳にて永眠致しました。」
 また、僕たちは、吹奏楽の大切な方を失いました。もう、次々と……。言葉がありません。音楽だけでなく、色々何でも、お話して頂いていた先生です。

 先生とは、よう一緒になりましたなぁ。大阪市音楽団の三代目の団長さんの、辻井市太郎 先生(辻井家と僕の家とは、一寸した親戚関係でして)からのお引き合わせが、始まりでした。『飛鳥』の初演のときです。それから、先生が、四代目の団長さんを引き継がれてからは、よく大阪市音楽団へ参りました。

先生「誰も書けへんこと書かはったらエエ。難しいことはイランよ。お客さんが、ホンになぁ、と思われるもんがエエんや。」
「僕は、日本人やさかい、日本人しか書けへんのんですけど。」
先生「当たり前や。日本人が日本人の心を書いて、日本人が感動する、そんな曲がエエんや。大栗さんかって、そやんか。櫛田さんは、京都を書かんと、アカンでぇ。」
「ホナ、嵯峨野はどうです ? 」
先生「そらエエわ。そうや、箏を使いなさい。わしの知ってる菊橋元美さんいうお師匠はん、紹介するわ。」

 永野慶作先生との共同作業の1作目は『嵯峨野に寄せる2章』(1974)でした。吹奏楽に箏を加えることによって、より邦楽の世界を描くことが出来るのでは、というお考えでした。また、邦楽関係の違った聴衆をお迎えすることが出来るのではないか、そんなお考えもあったようです。常に、皆に愛される吹奏楽、誰もが好きになれる吹奏楽を、目指しておられました。
 なお、第2作は『雪月花』(1978・大田三中の原曲、3楽章20分)で、これも箏の菊橋先生のグループとの協演でした。

 大正12年(1923) の大阪音楽隊(当時はそのように呼んでいました)の設立趣意書にある「……一層音楽趣味の普及を図り、本市の風致を温雅なる基礎の上に培養せざるべからざる事、頗る緊切なるものあり……」のもとに、市民と共にある吹奏楽を演奏し続けられました。
 春になると、甲子園にセンバツ行進曲が流れます。この入場行進曲の22年にわたる編曲も、この市民と共にの、大きなお仕事の1つでありました。
 
 コンクールの審査員として、本当によくご一緒させていただきました。北陸大会・東海大会が一番多かったでしょうか。大音量で力づくで、聴衆を圧倒しようという演奏より、情緒豊かに、情感の迫り来る、といった歌い上げる演奏を評価されていたように思います。オーケストラ作品における、編曲・演奏表現には、その方法論として、大変厳しかったですね。
 先生は、料理が好きだったみたいで、僕も好きです。アレンジのこと、「クッキン」と云いますよね。

先生「わしは、筑前炊き(筑前煮・がめ煮)が好きでな。」
「いやぁ、僕もあれ好きでして。」
先生「砂糖・醤油・酒は、同量がエエで。」
「いやぁ、2:3:4でっせ。」
先生「やっぱり、京都やね。甘いのはアカンか。」
「甘いのんは、江戸でっせ。」

 審査の帰りの列車で、何でこんな話になんの?
 車窓から見えた風景に、思わず

「こんなとこに、住んでみたいなぁ。」
先生「アホゥ、こんなとこ救急車5分で来てくれへんで。」
 
 けったいな会話です。永野先生との話やったら、まだまだ仰山ありまっせ。また何かの機会に。

 最後に、指揮者・永野慶作の名演の1つ・2つを、ご焼香とともに。
・第23回定期(1974):大阪俗謡による幻想曲/大栗裕
・第34回定期(1977):イタリア奇想曲/ピヨートル・I・チャイコフスキー
・第40回定期(1980):シンフォニア・ノビリッシマ/ロバート・E・ジェーガー

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【ウィンズスコア編集部より】
下のコメント欄(comments)にて、櫛田先生へのメッセージ・質問等を受け付けております。後日まとめて、先生にお返事していただきますので、疑問や悩みをぶつけて下さい!


コメント
こんにちは。櫛田先生。

お言葉が見つかりません…

時代は変わる。吹奏楽の世界も、徐々に若者達に受け継がれていきます。
やっぱり天国はいい指揮者さんを欲しがっているんでしょうねぇ。

櫛田先生も、どうか少しでも長生きして、ご自身の培ってきた音楽の大切さを、今の若者達に御教授なさってください。

永野慶作先生の御冥福を、心よりお祈りいたします。
  • 2011/01/30 12:35 PM
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